祖父様が亡くなられ、お孫様がその相続手続きをされるときのご相談です。
最近は本当にパワフルでアクティブなご高齢の方が多く、元気を与えるはずのこちらが元気をもらったり、励まされたりするようなことがたくさんあります。
「終活」という言葉が浸透し、人生の最期を自分らしく過ごすための必要な準備として行動する方が増えたことも要因かと思いますが、実際に「ご自身の死後、相続されるとき」まで備えて行動される方はまだそれほど多くはありません。
今回のご相談者様のように遺言書を用意する前に亡くなってしまわれたという状況もまだまだ多いのが現状です。
今回のポイントは、以下2つです。
- 遺言書がない
- 相続人の1人が認知症である
遺言書がない場合の相続手続きの方法と、相続人の中に認知症の方がいる場合の遺産分割についてご説明させていただきます。
目次【本ページの内容】
1.遺言書がない場合の相続手続き
突然の死によって遺言書を残されていない場合、亡くなられた方(被相続人)の遺した財産についてどう分けるべきかお困りになられる方も多いと思います。
原則、財産を分けるときに最も優先されるものは「故人の意思」と定められていますので、遺言書があればその内容に従って財産を分けることになりますが、今回のご相談者様のケースのように遺言書が存在しないという場合には、次の2つの方法で財産を分けることになります。
1-1.遺産分割協議によって決める方法
遺産分割協議とは、遺された財産の分け方について誰が・何を・どのくらい相続するのかを協議し、相続人全員で決める話し合いのことをいいます。
法律では、法定相続人(法律で定められた相続人)と法定相続分(相続人がもらうことのできる財産の割合)は定められていますが、実際の財産の分け方までは定められていません。
人それぞれ財産の内容、種類、相続関係が違いますので、法律で一律で決めることなんてできませんよね。
そのため、遺産分割協議では、誰が土地や建物などの不動産を相続するのか、また誰がどの預金口座を相続するのかなど、具体的な財産の分け方について話し合います。
遺産分割協議には、決まった方法はありません。実際に集まって話し合っても構いませんし、相続人の中に遠方にお住まいの方がおられてなかなか集まれない場合にはメールや電話で連絡を取り合って協議を進めることも可能です。
実際に、相続人全員が合意して遺産分割協議が成立した後は、話し合いで決まった相続の具体的な内容を書面まとめ、最後に、相続人全員が署名押印します。
これを「遺産分割協議書」と言います。
遺産分割協議書は必ず作成しなければならないわけではありませんが、話し合いによって行う遺産分割協議は、極端に言えば口約束と同じですので、後々の言った言わないなどのトラブルを防ぐためにも書面化して確認するのが一般的です。
1-2.法定相続で分割する方法
遺産分割協議でうまく話し合いがまとまらないということもしばしば…
お金の絡む相続は、トラブルに発展するケースも少なくありません。
そのような事態を避けたい、また、遺産分割の指標とするためにも、民法では相続人になれる人の範囲(法定相続人)や、相続できる割合(法定相続分)が定められています。
そして、法律で定められた通りに、法定相続人が法定相続分に従って財産を分けることを「法定相続」と言います。
例えば相続人が配偶者と子1人だった場合、その法定相続割合は2分の1ずつですので、財産の全てを2分の1ずつにわけるということですね。
このように、法定相続は法律で定められた割合に従って財産を分けることになるので、被相続人との間柄や関係性、どれだけ介護をされたかなどご家庭の実態は考慮されず、すべて戸籍上の関係で決まります。
たとえ、父の介護を熱心に行った次男と、数十年間音信不通であった長男であっても同じです。
複雑な話し合いを控えたい、なかなか話し合いができない・進まない方などにはおすすめの遺産分割の方法ではありますが、家庭内の実態と照らし合わせたときに納得できるような環境でない方には、少し不満の残る手続き方法になると思います。
2.相続人に認知症の方がいる場合の遺産分割協議
一般的に、遺された財産に不動産が含まれる場合には、遺産分割協議によって相続手続きを行うことが多いです。
家やマンションを真っ二つに…なんていうことはできないので、話し合って誰か1人が相続するのか、共有で所有するのかなどを決めていくからです。
では、今回のご相談者様のケースのように、相続人の1人に認知症の方がいる場合に遺産分割協議を行うことができるかと言いますと、答えは
できません。
なぜなら、法律では「意思能力を有しないものがした法律行為は無効である」と定められているからです。
ご相談者様のケースに当てはめますと、
- 意思能力を有しないもの=認知症の相続人
- 法律行為=遺産分割協議
という意味になります。
※一般的に認知症の症状として「判断能力がない」という言い方をされることがありますが、この「判断能力」は「意思能力」と同じイメージで考えてください。
意思能力についてもう少しご説明しておきますと、例えば、家の売買契約を結ぼうとしている売主の立場であれば、「ここにサインをしたら、家はもう他人のものになってしまうんだな」「このサインは家を買うためのサインだな」という理解力であったり、自分のした行為(契約)について正しく理解・判断できる能力のことです。
こうした能力がない場合に法律行為をおこなっても、その行為は有効ではありません。
これは、意思能力が低下してしまった人の利益を守るため、また一方的に不利な法律行為を成立させられてしまい、利益を奪われてしまうことを防止するという制度趣旨です。
それでは、相続人の1人に認知症の方がいる場合、有効な遺産分割協議を行うにはどうすればよいのでしょうか。
それは、「認知症の相続人に代理人を立て、その者が代わって相続人として参加し、遺産分割協議を行う」という方法です。
この代理人を立てる制度を「成年後見制度」と言います。
2-1.成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症の方や障がいなどで「正しい判断ができなくなってしまった人」をサポートする人を選任し、その人の利益を守る仕組みのことです。
ただ、この成年後見制度は本人のサポートをするとともに、本人の「行動」や「考え」を制約してしまう側面もありますので、本人の判断能力の程度に応じてそのサポートの種類は次の3つに分かれます。
2-2.成年後見制度の3つの種類
代理人の種類ごとに、どのような状態の人に、どういう権利を持った代理人が選任されるのかご説明します。
① 後見
日常生活を1人で送ることが難しいほど、物事を判断する力がない人に対して選任されます。
この場合、原則、ほとんどの法律行為は代理人が行うことになります。
日用品の購入など日常生活に関する行為に限っては単独で行うことも可能ですが、それ以外は基本的に代理人に次の権利が与えられます。
- 代理権
代理で法律行為を行う権利です。
あくまでも本人の権利を侵害しない範囲で法律行為を代理します。
- 取消権
本人が誤って(判断できない状態で)契約などの法律行為をしてしまった時、それを取り消す権利です。
② 保佐
決まった日常生活を1人で送ることはできるが、重要な法律行為を行うには不安である人に対して選任されます。
この場合、意思能力がないわけではないので、基本的に法律行為は自分自身ですることができ、限られた法律行為のみ代理人の同意が必要となります。
代理人には次の権利が与えられます。
- 同意権
本人が行った法律行為に対して「同意」し、その行為を有効なものにする権利です。
- 取消権
本人が誤って(判断できない状態で)契約などの法律行為をしてしまった時、それを取り消す権利です。
③ 補助
基本的に1人でなんでもできる(※身体的なことではありません)が、法律行為を行うにおいて自分自身に不安を感じる人に対して選任されます。
前述の①後見や②保佐と異なり、基本的に③補助のサポートを受けたい場合は、本人が申し出る、もしくは同意する必要があります。
後見や保佐の場合は、判断能力の危うくなった本人の同意がなくてもすることができる(周りの人が客観的な目で見て申立てができる)ので、ここは大きな違いです。
また本人の状況に応じてどのようなサポートをするのかを考えて決めるので、与えられる権利も決まっていません。
以上の3種類の中で、原則、代理権を与えられるのは①後見だけになりますが、例外的に家庭裁判所に申し立て、認められた場合には②保佐や③補助の場合でも代理権を持つことも可能です。
このように成年後見制度を利用し、認知症の相続人に代わる代理人を立て、遺産分割協議に参加して合意することで、有効に相続手続きを進めることができます。
もちろん、生前に遺言書を作成されている場合には、基本的に遺産分割協議をおこなう必要もありませんし、認知症の相続人がいる場合でも、代理人を立てる必要もありません。
遺言書に従って財産を分けるだけなので、非常にスムーズかつトラブル防止にも繋がり、安心してその後の手続きに取りかかることができます。
しかし、今回のご相談者様の状況においては、これら手続きは避けて通れませんので、いずれも計画的に正確な知識を持って進めていく必要があります。
成年後見制度は種類によってサポートできる範囲も複雑であり、様々なメリットやデメリットも存在します。
その点については改めて、ご説明させていただきますね。
3.まとめ
- 遺言書がない場合の相続手続きは、相続人全員で話し合って決める「遺産分割協議」もしくは、法律で決められた割合によって財産分配する「法定相続」である。
- 相続人の中に意思能力を有しない方(認知症や知的障がいなど)がいる場合に相続手続きを進めるには、法律で定められた代理人を立てる必要がある。
- 成年後見制度は、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3つの種類のサポートに分けられる。
- 遺言書があれば、相続人に認知症の方がいる場合でも遺産分割や代理人を立てる必要がなく、最もスムーズに相続手続きを行うことができる。