不慮の事故により、妻と赤ちゃん(胎児)を残してご主人が亡くなってしまったという状況で、亡夫名義の不動産を妻と胎児の共有名義で相続したいというご相談です。
この場合、当然妻は相続人になりますが、ポイントは胎児が相続人として相続できるかという点です。
まず結論から申しますと、相続人として相続することができます!
(まだ生まれてないのにすごいですね!)
目次【本ページの内容】
1.胎児は相続人になれる?なれない?
胎児とは、まだお母さんのお腹の中にいて生まれていない子のことですよね。
このご相談をいただくまでは詳しく「胎児」について調べたことはありませんでしたが、医学的には受精後第8週から「胎児」と呼ばれるようになるようです。
さて、その胎児の相続に関して、法律には以下の条文があります。
民法886条
1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
今回のご相談に対する回答は、この民法886条1項が適応されることになります。
では、この条文について少し詳しくご説明させていただきますと、まず民法に基づいて相続するためには、被相続人(亡夫)の相続人であることが必要です。
相続人とは言い方を変えると「相続権」を有している者のことですので、誰が相続権を有しているかについては実際には次のように定められています。
- 配偶者
→必ず相続人になります。
- 血族
→次の優先順位が高い人が相続人になります。
第1順位 子および代襲相続人(孫やひ孫など)
第2順位 両親などの直系尊属(祖父母)
第3順位 兄弟姉妹および代襲相続人(甥姪)
※相続人である者が被相続人よりも先に死亡している場合、代わりに孫や甥姪が相続することになり、これを「代襲相続」といいます。
さらに掘り下げてお話しますと、「相続権」を有することができる能力を「権利能力」と言い、これはもう民法の総則の話になってしまうのですが、「自然人は出生により権利能力を取得し、死亡により消滅する」とされています。
(余計に複雑にしてしまってすいません汗)
自然人とは人間のことです。
つまり、
- 出生の時(生まれた瞬間)から権利能力を有し、
- 権利能力を有するということは相続権がある、
- だから相続人として相続できる
ことになります。
ちなみにどこから出生(生まれた瞬間)に該当するのかと言いますと、赤ちゃんがお母さんのお腹から「全身が出てきた時」だと言われています。
この考え方でいくと、まだお母さんのお腹にいる子(胎児)については、出生しておらず相続権(権利能力)を有しないことになるので、まだ胎児は相続人になることはできないのではないかと思いますよね。
しかし、この条文には「相続については」という特別な一言がありますので、例外的に認められることになり、胎児であっても相続人として相続できるということになるんです。
うーん、こうやって文章にまとめていても難しい…
皆様、ご理解いただけますでしょうか?
とにかく、胎児は相続人になれる!と覚えていただければ大丈夫です!
2.胎児の名前で登記しよう!
さてさて、胎児も相続できることがわかってよかったよかった…と、ここで話は終わりではないんです!
実は、この民法886条には続きがあります。
民法886条
2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。
読んで字のごとくですが、要するに死産であった場合には相続権を有さず、相続人になることができないということです。
死んでしまっている人に相続権は…ないですよね。
- 胎児の時点では相続することができる!
- しかし、死産であった場合は相続することができない…
これがポイントです。
このことは、実際に亡夫名義の不動産を妻と胎児が相続するとき、もっと具体的に言うと、不動産の名義を亡夫から妻と胎児の共有名義に変更する手続きに大きく影響します。
今回のご相談者様のケースに当てはめて考えてみましょう。
2-1.亡夫から妻・胎児への所有権移転登記
まず、亡夫名義の不動産を妻と胎児の共有で相続するためには2段階で登記する必要があります。
初めに以下の登記をします。
① 亡夫 → 妻・胎児 への所有権移転登記
ここで一つ気付きませんか?
登記情報を見たことがなければイメージできないかもしれませんが、登記情報というのはその不動産の所有者が「誰」であるかを公に示す書類ですので、その「誰」の部分を明確にするために名前や住所などが記載されています。
では、胎児に名前がありますでしょうか?
住所は…お腹の中?
そうです、胎児はまだ出生していないので、氏名や住所がもちろんありません。
その場合、実際に登記する際の胎児の情報は、
- 氏名
【亡 相続太郎 妻 相続花子 胎児】というように両親の名前が入る
- 住所
胎児の母の住所を記載
となります。
そして2件目の登記ですが、それは
パターン①:胎児が無事に生まれた場合
パターン②:不幸にも死産であった場合
のいずれかによって内容が異なります。
2-2.パターン①胎児が無事に生まれた場合
胎児が無事に生まれた場合、①で登記した情報を正しいものにするため、
② 胎児の氏名の変更の登記
を行います。
無事に生まれた後は、子の名前を決め、出生届を提出しますよね。
この時点で子の情報が役所にも登録され、戸籍にも載ることになります。
しかし、不動産の登記情報は自動的に変更されるわけではなく、【亡 相続太郎 妻 相続花子 胎児】という名前で登記をしたままになっていますので、これを正しい名前で改めて登記する必要があります。
仮の情報で登記していたものを正しく登記しなおしましょう!ということですね。
2-3.パターン②不幸にも死産であった場合
それに対して死産であった場合、ここで『886条2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。』が適応されることになります。
簡単に言いますと、死産の場合には、胎児は初めから相続人でなかったことになるということです。
しかし、①で既に妻と胎児の共有名義で登記しているので、これを正しい内容に変更しなければなりません。
「それなら全部私の名義にしよう」と奥様は思われるかもしれませんが、そこは少しお待ちください。
少し前に相続権の話をしましたが、覚えておられますでしょうか?
忘れてしまった人のために再度お伝えしておきますと、
- 配偶者
→必ず相続人になります。
- 血族
→次の優先順位が高い人が相続人になります。
第1順位 子および代襲相続人(孫やひ孫など)
第2順位 両親などの直系尊属(祖父母)
第3順位 兄弟姉妹および代襲相続人(甥姪)
これが相続権の順番、誰が相続人になるかです。
妻は相続人で間違いありませんが、では胎児が初めての子(他に子がいない)だった場合はどうでしょうか?
死産によって「子が一人いない」という状況になりますので、相続権は第2順位に移ります。
もしご両親、祖父母が他界していた場合は?
第2順位の相続人もいませんので、相続権は第3順位に移ります。
このように、どういった相続関係かによって状況は変わりますので、死産だからといって必ず妻一人の名義になるとは限りません、ご注意ください。
いずれにせよ、
② ①の登記の名義の更正登記
(※①を正しい内容に直すための登記とお考えください)
をすることになります。
胎児が生まれたときの状態によって2件目の登記の目的は違ってきますが、このようにして胎児は相続人になることができ、相続することが可能です。
胎児がいる場合の相続手続きは非常に複雑で、様々な法律が絡んでいます。
これはあくまで例外的に認められた手続きにすぎないということを忘れないようにしてください。
3.まとめ
- 胎児は、相続人として相続することが可能。
- 原則、相続権を有する相続人とは、権利能力を有した自然人(生まれてから死ぬまでの間の人間のこと)であり、胎児が相続人となり相続できるという権利は、例外的に認められたものである。
- 胎児が母親のお腹から出てきたときの状態(生死のいずれか)によって、胎児のときに登記した情報を正しいものに変更する必要がある。