今回のご相談ですが、相続財産のほとんどを不動産が占めるケースで起こりやすい問題です。
自分1人が相続人であれば何も問題ないのですが、複数の相続人で遺産分割する場合、不動産を相続することによってお金をほとんど相続できないという状況になることがあります。
例えば
- 不動産2,000万円
- 預金1,000万円
を2人で相続する場合、不動産を全部相続した時点で全財産の2分の1を超えてしまい、預金を受け取ることができません。
(あくまでも総額を折半すると決めた場合)
これだと住む家は確保できたものの、生活費が全くないことになってしまいますので、結果的に生活が困窮してしまうのは目に見えています。
こういった状況を避けるため、今回の相続法の改正では夫婦間での居住用不動産の贈与について優遇が認められることになりましたので、制度の概要を含めて詳しくご説明したいと思います。
キーワードは
- 配偶者
- 婚姻期間20年以上
- 「居住用」不動産
です!
目次【本ページの内容】
1.居住用不動産の贈与等に関する優遇とは
この制度は、相続財産のうち「不動産」に関するものです。
それは、被相続人の配偶者の住まいを守る内容となっています。
1-1.いつから開始された制度?
この制度は、2019年7月1日から施行されました。
この制度の目的、主旨、どういった内容かをご理解いただいた上でないと、まだこの日付の重要さがわからないかもしれませんが、「贈与」「相続」のどちらも2019年7月1日以降である必要があります。
(× ダメな例)
贈与:2019年5月
相続:2020年3月
→贈与が施行日前に行われているのでダメ
(〇 よい例)
贈与2019年8月
相続:2020年3月
→贈与、相続の両方が施行日後に行われているので良い
1‐2.制度の概要・目的
これまで、例えば夫から妻へ住宅を生前贈与された場合、その住宅は「遺産(=相続)の先渡し」として捉えられていました。
つまり、実際に相続が発生した際は、その先渡しした財産も相続財産にあたる特別受益(とくべつじゅえき)としてその計算に入れなければなりませんでした。
言い換えれば、妻の相続分の内訳の中にこの生前贈与分の金額も含めなければならないということです。
ここで、改めて「特別受益」について、簡単にご説明いたします。
特別受益(とくべつじゅえき)とは、被相続人から受ける生前贈与や遺贈のことをいい、一般的には以下のような場合が該当します。
※ただし特別受益にあたるかどうかの判断については、生前贈与や遺贈の金額等により総合的に判断する必要があります。
(特別受益の例)
- 結婚の際に支度金をもらったり新居の建築費用を援助してもらった
- 海外留学の費用を出してもらった
- 事業を開業するにあたって資金援助してもらった
特別受益というと難しい言葉に聞こえますが、要は「特別に受けた利益」ということですね。
そして、共同相続人の中に特別受益を受けた者がいる場合、この者が他の相続人と同じように法定相続分を相続できるとすれば不公平になります。
当然、不満を言う人が出てくるでしょうし、遺産分割協議で揉める可能性が高くなることは予想できるかと思います。
そこで民法では、特別受益分(贈与や遺贈分)を相続財産に持ち戻して計算し、各相続人の相続分を算定することにしてるという訳です。
もちろんその目的は「共同相続人間の公平を図ること」です。
とはいえ、住宅に関しては「現物」であり、相続財産のうち不動産の割合が多く、預貯金や現金が少なかった場合、この妻の今後の生活資金はどうなるのでしょうか。
配偶者に対しては遺族年金という制度もありますが、それでもやはり日々の生活に困窮する可能性も出て来ることが予想されます。
そういったケースを救うため、今回の法改正では、婚姻期間20年以上の夫婦間での居住用不動産の贈与は、相続財産への「持ち戻し免除の意思表示」があったと推定することになりました。
つまり、その贈与した不動産については遺産分割協議の対象外になるということです。
これにより、自宅は妻の財産として生前に贈与して生活基盤の確保をし、現金などの他の財産については他の相続人と遺産分割の話し合いのうえで相続することができるようになります。
当然持ち戻しをした場合と比べて妻が受け取れる法定相続分は多くなり、最終的に受け取れる財産の額も多くなりますので、今後の生活も安心できますね。
【知っておこう!関連知識】
夫が遺言書に「家と土地は妻が暮らせるように妻に相続させる」と記した場合も特別受益として扱われてしまう可能性があります。
被相続人の意志として最優先される遺言書ですが、もし、不動産だけ渡すような遺言書の場合には、不動産に関する遺言に加えて特別受益の持ち戻しを免除するよう書いておくことをお勧めします。
2.改正のポイントを2つの条件と事例で解説
では、その優遇措置の具体的な内容についてご説明します。
2-1.優遇を受けるために絶対に必要な2つの条件
まず、この優遇措置を受けるためには2つの条件を絶対にクリアしなければなりません。
その条件とは、
- 婚姻期間が 20年以上の夫婦であること
- 居住用の不動産の贈与や遺贈であること
です。
婚姻期間が短かったり、贈与を受けた不動産が居住用でない(賃貸マンションなど)場合、この優遇措置を受けることはできず、今まで通りの特別受益とみなされますので注意が必要です。
2‐2.金額で確認してみよう!具体例の紹介
実際にどれだけ妻にとってメリットになるのか、今回のご相談者様の事例に沿ってご説明いたします。
では、まずご相談者様の状況を整理いたします。
【相続人】
妻(婚姻関係35年/今回のご相談者様)と長男の計2人
【相続財産】
①預金6,000万円
②自宅4,000万円
→所有者は夫であったが、生前に自宅の持ち分1/2(2,000万円相当)を妻に贈与していた
【その他】
・遺言書なし
・自宅は妻が相続することで合意済
・法定相続割合通りに分割で合意済
法定相続人は2人ですので、法定相続割合は
- 妻(ご相談者様):2分の1
- 長男:2分の1
であることがわかります。
それでは、改正前と改正後で妻が受けられる相続財産を比較してみましょう。
<改正前>
死亡時点の相続財産:預金6,000万円+自宅2,000万円=8,000万円
これに生前贈与した自宅の評価額2,000万円を特別受益として加えるので、8,000万円+2,000万円=1億円(父の財産総額)
→妻、長男の法定相続分は5,000万円ずつになります。
ここで、妻は住宅を相続することで話し合いがまとまっていますので、それぞれが取得する相続財産の内訳は
【妻】
- 2,000万円(自宅:生前贈与分)
- 2,000万円(自宅:夫の所有分)
- 1,000万円(預金)
【長男】
- 5,000万円(預金)
になります。
<改正後>
死亡時点の相続財産:預金6,000万円+自宅2,000万円=8,000万円
これに生前贈与した自宅の評価額2,000万円は特別受益として加えないので、8,000万円+0円=8,000万円(父の財産総額)
→妻、長男の法定相続分は4,000万円ずつになります。
この場合、それぞれが取得する相続財産の内訳は
【妻】
- 2,000万円(自宅:夫の所有分)
- 2,000万円(預金)
【長男】
- 4,000万円(預金)
になります。
上記のように比較すると、改正前と改正後では妻が相続できる預貯金は2倍も多く受け取れることがわかっていただけるかと思います。
さらに、妻が受け取った総額で考えると、預貯金だけでなく生前贈与分(自宅/2,000万円の評価)もありますので、
預金の増額分:1,000万円
生前贈与の自宅分:2,000万円
↓
合計3,000万円
を今回の法改正により多く受け取ったことになります。
法務省のHPでもわかりやすく記載されておりますので、ぜひご参照ください。
長期間婚姻している夫婦間で行った居住用不動産の贈与等 を保護するための施策(法務省のPDFが開きます)
(法務省のPDFより引用)
3.まとめ
- 婚姻期間20年以上の夫婦間での居住用不動産に関する特別受益分は、法改正により相続財産に持ち戻すことを免除されることになった。
(婚姻期間20年以上の夫婦間での居住用不動産に関する特別受益分は、法改正により「相続財産に持ち戻すことを免除する」という被相続人の意思が推定されることになった。)
- この改正によって、配偶者はそのまま住み続けることができるだけでなく、結果的に他の相続財産の取得分も増えることになった。